「一冊、一室。」にいたる、書店裏での打ち合わせ。


「一冊、一室。」を妄想する旅。本という窓を開いて出会った人、風景、もの……。

毎月どこかでおこっている人、風景、もの×森岡書店を「カケル」としてお伝えする

この不定期連載。
  

今回のカケル人は、書体設計士の鳥海 修(とりのうみ おさむ)さんです。



鳥海 修 

書体設計士。多摩美術大学卒業後、写研を経て字游工房を共同で設立。ベーシック書体を中心に百以上の文字を設計。2002年第1回佐藤敬之輔賞、2005年グッドデザイン賞受賞ほか。著書に『文字を作る仕事』(晶文社)。 



4月9日から14日の1週間。  

森岡書店では『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』刊行記念展を行っています。  

この本の内容は、“詩人・谷川俊太郎の詩のために新しく活字をつくるとしたら? 

1つのお題の元、書体設計士、活版印刷職人、手製本職人が集まり、やがて一冊の本が出来上がった。その過程を追った記録の書” というもの。  

多くのプロフェッショナルが携わった、この『本をつくる』。どの行程においても、一朝一夕では習得しえない技術が隠されています。カケルでは、現代の私たちの日常においても、よく見かけている書体を設計される鳥海 修さんにお話をうかがいました。 





鳥海 修さん。その名は知らずとも、私たちはどこかで必ず鳥海さんが作った“ヒラギノ”という書体を目にしています。iPhoneのディスプレイ。高速道路の看板。なにげなく見ている書体にも生みの親がいるわけで。ヒラギノは、パソコンに標準装備され、多くのジャンルでも採用されているのでなじみがありますね。    


森岡書店の運営には、吉田さんというデザインの分野を主とする編集者の方が深く関わってくださっています。その吉田さん。ここぞ!というときの企画書には、鳥海さんが作った書体 “游明朝” “游ゴシック” しか使わないそうです。その理由は、美しいから。  

お恥ずかしながら、私は『重版出来』(松田奈緒子/小学館)という青年マンガ編集部を舞台としたコミックの10巻で、鳥海さんをモデルとしたエピソードを読んで、初めて書体の必要性やそれをつくる背景に感銘を受けたのです。  

吉田氏より「最近!?最近、知ったの?」というお叱りを受けてしまいました。「栁澤さん、編集者としてやっているのってものづくりのジャンルでしょ。鳥海さんのこと、書体のこと、知らなくてどうするの」と。  

ひー、申し訳ありません。付け焼き刃ながら鳥海さんの仕事についての随筆をまとめた著書『文字を作る仕事』(晶文社)を読み、インタビューにうかがいました。 



↑書体とはなにか、書体をつくるとはどういうことかは、『文字を作る仕事』(晶文社)、『本をつくる』(河出書房新社)にたいへんわかりやすく、興味深く書かれておりました。その過程については、本を読んでいただくのがベストなのでぜひ。


3月27日水曜日の午後6時。字游工房@高田馬場。 

字游工房とは、鳥海さんが代表取締役を務める会社です。9名の社員のみなさんが、これから世に出るべく文字、書体を設計すべし、と格闘してらっしゃいます。集中力が求められる仕事なので、取材班を迎えるのは18時以降の就業時刻を過ぎてからだそうです。  

とはいえ、鳥海さんはとってもおだやかでフランクな雰囲気。名刺交換でいただいたお名刺の肩書き、代表取締役の箇所に「もう代表取締役じゃなくなったんですよ」と、びびっと縦線を入れられました。3月1日付けで字游工房はモリサワに株式譲渡し、新体制となったそうです。これは新しい書体の歴史のはじまりに違いありません! が、その未来についてはまたの機会に。



 ————森岡書店では「本を通じて、豊かなものごとを見聞きしたい」と常々考えています。そこで、書体が世の中にもたらす豊かさとはなにか、鳥海さんのお考えをうかがえますでしょうか? 


鳥海 まず、書体には看板やポスターなどに大きく書かれる派手な書体(見出し書体)と、スムーズに長い文章を読むための書体(本文書体)というものがあるんですね。見出し書体には、わりと流行があって使用される期間が短いという特徴があるんですよ。


 ———期間が短い、というと? 


鳥海 昭和50年くらいからかな。文字の印刷の主流が、金属活字から写植になって、いろいろな文字のかたちを表現できるようになったんです。そこで、書体コンテストが設けられたんですね。デザイナーや美大生が書体をつくって応募するんですけど、どうしても少し派手目の見出し書体が多くなります。見出し書体は個性が強いので、はじめは新鮮ですがはやく飽きてしまいます。  

とはいえこの時代、『窓際のトットちゃん』に使用された“タイポス”、丸い文字の“ナール”など、今までにない優れた書体が多く生まれたんですね。このナールは、女子高生の書き文字としても流行ったんですよ。


 ——丸文字! 小学4年生のときに書いていた覚えがあります。  


鳥海 なんとなく書体を見て懐かしいな、新しいなって感じますよね。そうした意味で、見出し書体は時代を表すわけです。一方、本文書体ですが、日本語って、ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベットがあって、しかも縦書き、横書きがある。こんな複雑な言語は、なかなかないんです。  

本文書体とは、たとえば教科書や新聞、辞書、小説に使われる文字です。新聞は、各新聞社によって書体が違うことをご存知でしょうか? 新聞は、限られた文字数でより多くの情報量を入れるために、少し文字が扁平になっていますね。コンサイスのような英和辞書も、カナが3/4くらいに長体がかかっています。一度見比べてみてください。  

私が長年取り組んで来たのはこの本文書体です。読みやすさを追求すると、「水のような、空気のような」クセのない文字がいい、と思います。つまり、目立たない。だから、長く使われるんです。 最近は、紙だけでなくiPhoneやiPadなどさまざまなデバイスがあり、それにふさわしい太さや形状があると思うんです。そうした勘所を押さえながら、違和感なく読める書体をつくることが、書体設計士に求められることなのではないでしょうか。    


ご質問は、書体がもたらす世の中への豊かさとは、でしたね。先日、視覚障害者の方向けの出版事業を手掛ける社会福祉法人「桜雲会」の依頼で、弱視の方が読みやすい丸教体(※教科書体の骨格を生かしつつ、線の太さが丸ゴシック体のようにおおむね均一なのが特徴。弱視者や学習障害(LD)の1つである読み書き障害(ディスレクシア)の人にとっても、通常の教科書体は起筆や終筆の形が複雑などの理由から見づらいことを踏まえて開発) を作り、漢字辞典を作らせていただいたんです。こういった意味で、万人がスムーズに読めるという豊かさをつくる、という背景が書体設計にはあるのではないでしょうか。  


————書体があたえる影響とは、かくも大きく深いものなのですね。  


鳥海 日本語書体は、ひらがな、カタカナ、漢字などありますから、2万字ほどつくるんですよ。そのなかでも漢字は、約1万4500字ありますから大変ですね。 


 ————漢字……。  


鳥海 特に、魚編とか馬偏とかの漢字をつくるときはいやになります。魚や馬って点が多いでしょう。右にどんな文字がくるかで点の位置に調整が必要なので、使い回しできないんです。


 ————さ、魚と馬……。恐ろしい数、ということは理解できますが……。 

コミック『重版出来』のエピソードでも、出版するホラー小説に合う書体を漢字まで作ろうとすると間に合わない、ということで、ひらがな、カタカナ(仮名)だけ作ろう、とされていました。(※『重版出来』では、「唯心房集」(平安末期の歌集)に残された藤原定家の異母姉、坊門局の書いた文字からヒントを得た。このエピソードは、流麗という書体を作ったときのものだそうです) 今回の谷川俊太郎さんの詩集のために作られた “朝靄”も仮名書体です。どういったところから、そのかたちのヒントを得られたのでしょうか? 




鳥海 谷川さんがお好きな書体をうかがうと、良寛の書いた字(a)、谷川さんのお父様で哲学者の谷川徹三さんの文字(b)、私が谷川さんをイメージしてつくったもの(c)。この3つを試作し、谷川さんに見てもらったのです。谷川さんが「試作c」を選ばれて、それベースに下書き、墨入れ、修整、仕上げをして原字を完成させました。 


————『本をつくる』にも、詳しく書いてありましたね! 14日のトークイベントではそのあたりもうかがえるのでしょうか? 


 鳥海 何を話させてもらおうかな(笑)。今回、文章を書いてくださった永岡さん。彼女も書き手としてすごい職人でしょう。そこを逆に聞きたいのですが、いやがるかな(笑)。  




『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』

刊行記念展 

鳥海 修 /高岡 昌生 /美篶堂 著 永岡 綾 取材・文  本づくり協会 監修 


会期 4月9日(火)ー4月14日(日) 時間 13時−20時(最終日は18時まで) 


⚫︎書籍と活版印刷の詩集『私たちの文字』(『本をつくる』と合わせたブックケース入)の展示販売。

 ⚫︎鳥海修氏の新書体「朝靄」の原字や、高岡昌生氏の金属活字組版、撮影の高見知香氏の写真パネルの展示。

 ⚫︎著者達愛用のステーショナリーの限定販売等。 


○鳥海修トークイベント 対談 永岡 綾 日時:4月14日(日) 15時〜16時30分(14時30分開場) 


場所:森岡書店銀座店特設会場 

参加費:1500円 参加希望の方は森岡書店までお電話にて申込ください。 

森岡書店:東京都中央区銀座1-28-15 鈴木ビル1階  03-3535-5020 主

催:森岡書店 

協力:河出書房新社/ea/本づくり協会